
最古の年中行事、「正月」について
正月は、仏教が伝来した6世紀半ば以前より存在していたと言われ、日本の最古の年中行事とされています。「お盆」の半年後にやってくる正月は、本来お盆と同じく「先祖をお祀りする行事」でした。しかし、仏教が浸透し、その影響が強くなるにつれて、お盆は仏教行事の盂蘭盆会(うらぼんえ)と融合して先祖供養の行事となり、正月は歳神を迎えてその年の豊作を祈る「神祭り」として区別されるようになったと考えられています。
現在は、1月1日から1月3日までを三が日、1月7日までを松の内、あるいは松七日と呼び、この期間を「正月」と言っています。【初詣】 古くは年籠り(としごもり)といわれ、家長が氏神の社に大晦日の夜から元旦の朝まで籠もる習慣でした。やがて、大晦日の夜の「除夜詣」と、元日の朝の「元日詣」との2つに分かれ、元日詣が今日の初詣の原型となりました。江戸時代末期までは氏神様、またはその年の恵方の方角の社寺に詣でていましたが、明治以降では氏神や恵方とは関係なく有名な寺社への参詣が多くなりました。 【門松と注連飾り】 門松は歳神様を迎えるための憑代(よりしろ)とされています。常緑の松は強い生命力と、不老長寿の象徴なのです。 地方によっては松に代わって、 「長寿の象徴」とされる常緑の、榊、竹、椿などを用いることもあります。 門松は年末に飾り、歳神様を迎え、六日(もしくは七日)にこれを外すことから、この日までを松の内と言います。この間、門松には歳神様が宿っていて、神の宿る聖なる場所として俗界との境界に注連縄(しめなわ)を張るのですが、それが正月の注連飾りの原型です。 【お年玉と鏡餅】 大晦日に訪れた歳神様は、人々に新たな生命力や福をもたらし、これらを「魂」といい、歳神様によって与えられる魂なので「歳魂(としだま)」と言われました。そして、この歳魂を具現化したものが丸い餅。丸餅を神棚に祭り、歳神様の霊力(歳魂)をその餅に得て、これを家族の一人一人に分け与えて食し、霊力を体に取り込むという考えが、「お年玉」の元ではないかと言われています。 鏡餅は、「神棚に祭った丸餅」が始まりで、その後、いろんな縁起物を添えて今の形になったのです。 【お節料理】 「おせち」は「節会(せちえ)」「御節供(おせつく)」の略です。 平安時代の朝廷行事にさかのぼり、五節供などに食べる料理や神に供える料理のことを言いました。 今では「おせち」と呼ばれているのはお正月料理だけで、江戸時代後半には現在の形になったと言われています。 【七草】 一月七日は「人日(じんじつ)の節供」「七草の節供」ともいわれ、家族の健康、無病息災を願いながら七草粥を食べます。 春の七草は、早春にいち早く芽吹くことから邪気を祓うと言われています。
また、七草粥はとても理にかなった食習慣で、ご馳走三昧、おせち料理の濃い味で疲れた胃腸を休め回復を促します。さらに、緑の野菜が不足しがちな正月にビタミン、ミネラルの補給する生活の知恵としても優れた食習慣なのです。 【小正月】 小正月は旧暦の正月にあたり、一年の最初の満月にあたる1月15日とされていました。 太陽暦が用いられるようになり、元日を中心とする「大正月」に対し、15日を「小正月」と呼びます。 小正月は地方によっては「女正月」とも言われ、女性の骨休みの日とされています。 暮れから正月にかけて忙しく働いた主婦を、せめて1日でも家事から解放しようと、ねぎらいの意味があります。 |
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※「暦便覧」とは、江戸時代の太玄斎(たい げんさい)という人が1787年(天明7年)に著し、
1798年(寛政10年)に再版された暦の解説書です。
1798年(寛政10年)に再版された暦の解説書です。
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太陽視黄経 240 度 /冷ゆるが故に雨も雪となりてくだるがゆへ也(暦便覧)
木々の葉は落ち、平地にも初雪が舞い始める頃ですが、まだ雪が多くないことから小雪と言われる時期。陽射しが弱くなり、冷え込みが厳しくなります。わずかながら雪が降り始める頃。寒い地方では雪が山の頂を覆い始めます。
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太陽視黄経 255 度 /雪いよいよ降り重ねる折からなれば也(暦便覧)
山岳は雪に覆われ、北風が吹き、平地でも雪が降る頃。朝夕には池や川に氷を見るようになり、大地の霜柱を踏むのもこの頃から。本格的な冬の到来です。◆鍋シーズンの到来!土鍋が大活躍のこの時期。甘味が増してきた旬の大根をコトコトと土鍋で炊いて、柚子をアクセントに。 日本酒を添えて粋な冬のおもてなし!シメは、昆布と大根のダシがたっぷりの茹で汁で鶏雑炊! この時期の大根だからできる逸品!ぜひお試しあれ。 |
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【 土鍋でコトコトふろふき大根 】
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【材料】4人分
大根・・・2/3本水・・・5カップ 昆布・・・10×10cm ◎ゴマみそ 赤みそ・・・大さじ2 砂糖・・・大さじ1 みりん・・・大さじ1.5 すりゴマ・・・大さじ1 大根の茹で汁・・・大さじ3 柚子の絞り汁と皮・・・少々 |
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【作り方】
①鍋に水と昆布を入れて20分浸す②大根を3cm厚さに切り、皮をむいて面をとる。 ③裏から十字に半分まで切り込みを入れて、味をしみやすくする。 ④切込みを入れた方を下にして大根を並べ、強火にかけ、煮立ったら弱火にして蓋をして柔らかくなるまで煮る。 ⑤柚子の汁以外のゴマみその材料を小鍋に入れて弱火かけて練り合わせ、火を止めてから柚子の絞り汁を少々加える。 ⑥大根に味噌をのせ、柚子の皮の千切りをのせる。 |
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【 大根の茹で汁で鶏雑炊 】
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【材料】
大根の茹で汁・・・3カップご飯・・・3杯分 鶏もも肉・・・1枚 シメジ・・・1/2パック 卵・・・2個 塩・・・小さじ2/3 青ネギ・・・3本 |
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【作り方】
①鶏もも肉をひと口大に切る。シメジの石突きを落とし、小房に分ける。ネギを小口切りする。②茹で汁に塩を加え、鶏肉を入れて沸騰させて軽くアクをとり、シメジを入れて3~5分煮る。 ③ご飯を入れ、溶き卵を流し入れ、仕上げに小口切りしたネギをちらす。 |
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太陽視黄経 270 度/日南の限りを行て日の短きの至りなれば也(暦便覧)
北半球では、正午の太陽の高度が一年中で最も低く、昼が最も短く、夜が最も長い日です。この日を境に次第に日脚が長くなって行きますが、寒さはますます厳しくなって行きます。古代中国では、この日を年の始点と考えられていました。冬至は新年のごとく大切な日と言われ、邪気を払う意味で「あずき粥」を食べる習慣もあります。
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太陽視黄経 285 度/冬至より一陽起るが故に陰気に逆らう故益々冷る也(暦便覧)
この日は「寒の入り」とも言われ、これから節分までの期間が「寒の内」(寒中)です。寒さはこれからが本番で、池や川の氷も厚みをます頃です。
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太陽視黄経 300 度/冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也(暦便覧)
一年で最も寒さの厳しい時期 。一年のうちの最低気温が観測されるのもこの頃ですが、逆の見方をすれば、これからは暖かくなると言うことです。「春遠からじ」、まもなく「立春」です。「立春」になることを、「寒明け」ともいいます。
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『エスニック』『辛いもの』というと、暑い時期の食べ物のイメージが強いのですが、確かに暑い時期、また暑い地域の人は、辛いものを食べます。辛いものを食べて汗をかくと、汗が体を冷ます体温調節の役割をするからです。
冬は、大汗をかくほどではないけど、体の芯からポカポカする程度の香辛料と、体を温める効果が期待される旬の食材を温かい料理でいただくのがおすすめです。
冬は、大汗をかくほどではないけど、体の芯からポカポカする程度の香辛料と、体を温める効果が期待される旬の食材を温かい料理でいただくのがおすすめです。
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【 薬膳エスニック鍋 】
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【材料】2人分
ダシ汁・・・水5カップに対して適量の中華スープの素豚薄切り肉・・・200g 白菜・・・1/4個 ネギ・・・1本 ニラ・・・1束 ニンニク・・・1片 塩・・・小さじ1/2 しょう油・・・小さじ2 ラーメン・・・1~2人前 ラー油・・・適量 【作り方】
①豚肉、白菜、ニラを食べやすい大きさに切る。②ネギはラーメン用に半分をみじん切りにする。半分は斜めに薄切り。 ③ニンニクは薄くスライス。 ④鍋にダシを沸かし、塩、しょう油で味付けし、ラーメン以外の材料を入れ、火が通ったら好みでラー油をかけていただく。 ⑥最後に固めに茹でたラーメンを入れて、塩かしょう油で味を調える。 |
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【 お手製・薬膳ラー油 】
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【材料】
ゴマ油・・・100cc 赤唐辛子・・・10本 ニンニク・・・1片ネギの青い部分・・・1本分 薄切りショウガ・・・2枚 粒山椒・・・小さじ1(お好みで) 【作り方】
①赤唐辛子をタネごとみじん切り、もしくはすり鉢で細かくする。②ゴマ油にネギ、ショウガ、つぶしたニンニク、粒山椒を入れて弱火にかけ香りを移してから取り出し、油だけ唐辛子にかける。 ③唐辛子のエキスが油に移ったらラー油として使用可能。 |

また、七草粥はとても理にかなった食習慣で、ご馳走三昧、おせち料理の濃い味で疲れた胃腸を休め回復を促します。




